人が息をする速さで

センセイとの夕飯あとの会話・・・

仕事の話をしていた。

 

私の会社員時代の

3日連続の徹夜はざらという辛い話からはじまって

どうしてそんな忙しくなったのかね、というので

 

それは機械がいろんなことができるようになって

人の想像力の中でする仕事が減ったからだと

私は言った。

 

この歳で昔はよかったなんて言いたくはないけど

機械があんまり優秀なんで

 

現場でのハプニングから生まれるものとか

実際やってみたらこっちの方がよかったとか

そういう遊びみたいなのもなくなったし

 

「忙しい」の種類が変わったというか。

 

忙しくても、楽しければ辛くもない。

私だって意欲を持って

もう少し会社員をやっていたかもしれない。

 

想像力が発揮されないとか

のびしろが小さくなるのは本当につまらない。

 

 

「トーマスもさ、なんか昔の動画の方がいいよなぁ」

とセンセイがいう。

 

息子のお気に入り動画のトーマスは

昔のセットで撮影したやつと

最近のCGでできたやつがあって

 

昔のやつの方が愛着がわくというか

機関車が落っこちるシーンとかも

なんだかかわいいのだ。

 

「機関車が頑張ってる頃はさ

エンジンをあっためて準備して、ようやく走るわけでしょ

人が動く速さで機械も動いてたんだよ

今は・・・

機械についてくような、そんな感じあるよね」と。

 

ついてけてるのかも微妙なんだけど

速度って大事だと、今日も思った。

 

薬もそうだ。

 

病気を早く治したくて薬を使う。

結果もすぐ出る。

(出ないのもあるけど)

 

本来なら病気が人の体を

適切な速度で調整することで

自然に治っていくのに。

 

それでもやっぱり

医療や薬への信頼はあつい。

 

テレビを信頼している私の親の世代なんかは

本当に信じて疑わない。

 

先日、父が肺に影があると言われて

再検査に行ってきたという。

 

親はもちろん医療に対して

絶大な信頼があるから

私がやっていることなんて、遊びくらいにしか思っていない。

 

バクチのような抗がん剤治療がはじまったりして

 

ああ、ついにこういう

医療の矛盾と向き合う時がきたな、と

くらーい気分になっていたのだけど

 

結果は無事、影は消えていて

問題はないとのこと。

 

一安心ではあったけど

こういう風に

病気があったら不安

なければ安心というのも

違うのだよなぁ。

 

それって結局病気に振り回されているってことだし。。

根本のところでは何も解決していないのだから。

 

健康って

そういう

病気の状態、病気ではない状態で

心が行ったり来たりすることではないと

最近は思う。