丁寧に苦しむ

先日参加した活元会では、まあ見事に骨抜きにされてしまった。そしていろいろと自分なりの収穫があった。

ペアを組んで頭に愉気をしてもらっていたとき、T先生が

「あなた今悲しい感じが出てきてるでしょ」

私「・・・え。」

(・・・)

(あー・・・ この感じ… これって悲しいって感情なのか。)

何かを感じてはいたけど、その見えない「なにか」に言葉をつけられなかったから、無いもののように扱っていた。

自分なりに結構感情的に生きてきたつもりだったけど、まだまだ荒いというか、観察が足りないなあと感じた瞬間だった。

T先生は以前、ある人のことを「丁寧に苦しんでいる」と表現していたことがあった。

それはとても前向きな捉え方だな とはっとしたのだけど、先生は本当に前向きな方なのだ。

前向きと後ろ向きの後ろが全くない。

最近でこそプラス思考の限界みたいなのが語られているけど、苦しみという「- マイナス」を意識してのプラス思考は結局、スタートラインがマイナスだからそこからは逃げられないんだなと。

だから、「丁寧に苦しむ」というのはなんというか、全部受け入れて逃げも隠れもしないという潔さがある。まさにT先生ならではの表現で、

こういうふうに物事を捉えることができたら、余計な自分のフィルターを通さずにただ事実を見ることができるし、的確に選択して進んでいけるんだろうなぁと思った。

そう、そしてこの日はいつもより良い運動がでた。

出所はわからないのだけど今まで素通りしていた感情を丁寧に追って行くように運動できた気がする。

きっとこの感情はどこから出て来たのかとか、頭で追わない方がいいんだろうな。

しかしこの日はもう、帰り道も温泉に浸かっているようで、自分がいかに固くなっていたかがはっきりわかった。